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ベトナムの原子力発電計画と日越原子力協力の重要性~「一国平和・安全主義」を超えて~

  • 執筆:金子熊夫
  • 掲載日:2004年7月 1日
  • 掲載紙: 日越協会会報

はじめに

ベトナムは近年日本人の観光客に大変人気があり、商売面でも極めて緊密な関係になってきているが、この国のエネルギー問題についてはあまり日本では知られておらず、まして同国が比較的近い将来原子力発電を本気で計画していることは、一部の専門家を除いて、日本国内ではほとんど知られていないと思われる。そこで、専門的知識のない方々にも理解していただけるようにできるだけ分かりやすく、ベトナムのエネルギー、電力問題の現状をまず紹介し、その上で日越間の原子力協力の可能性や問題点について解説してみたいと思う。

 ちなみに、筆者は元来国際政治や外交が専門で、エネルギーや電力問題に関する技術的専門家ではないが、かつてベトナム戦争中にサイゴン(現ホーチミン市)に在勤し、さらに、その後外務本省の初代原子力課長としてアジアのエネルギーや原子力問題に深く関わった経緯もあって、ベトナムのエネルギー・電力問題にはこの四半世紀来一貫して強い関心を抱いてきた。最近でも、訪越の折々に同国内の電力・エネルギー関係の施設を数多く見学したり、政府関係者との会談を行っている。以下の論述の中にもそうした見聞の一部が含まれているが、内容についての責任はすべて筆者個人に帰せられるべきものであることを念のためにお断りしておく。

1.ベトナムのエネルギー・電力事情

(1)主要なエネルギー源

最初に、ベトナムの最近(2003年末)の電源構成をみると、水力50%、ガス火力27%、石炭火力14%、石油火力3%、その他 6%で、水力が圧倒的に多い。しかし、伝統的にみると石炭火力がベトナムにとっては最も重要な電源であった。石炭は比較的豊富で、代表的な炭鉱としてはハロン湾に近いホンガイ(Hon Gai)炭坑などがとくに有名だ。ここの石炭は良質の無煙炭で、日本でも昔から帝国海軍が軍艦用に大量に輸入していた(敵艦に遠くからでも発見されにくいため)。現在でも日本は発電、セメント生産、鉄精錬等の分野で使うためベトナム炭を相当量輸入している。オーストラリアや南アフリカといった大量石炭輸出国に比べ、ベトナムは日本、中国、インドなどアジアの大市場に近い距離にあるという点でも有利とされている。

一方、現在電力の半分を占める水力は北部ベトナムに集中している。特にハノイ北方のホン(Hong)河支流を中心とする地域は地形的に十分な落差があり、ヒマラヤ山系の雪解け水で水量も豊富である。1975年の越米戦争終結以後、旧ソ連の援助でこの地域に大型の水力発電所が建造された。最大のものがハノイから約100kmほど西方のダー(Da)川のホアビン(Hoa Binh)水力発電所で、私も建設中から何度も視察したが、日本の黒部発電所のように、岩盤をくり抜いて設置された8基の発電機がフル稼働していて、甚だ壮観である。総出力は約200万kW、国の総発電量の3分の1弱で、これがベトナムの最も安定した電力源になっている。

このように水力と石炭火力発電で現在のところ電力需給はなんとかバランスしている。だが、フランス時代の古い配電システムがほぼそのまま使用されているため、しばしば停電する。また、ベトナムは南北約1,700km(札幌から鹿児島までに相当)もあるため、送電に問題がある。数年前まで、北部の余剰電力の南への送電に相当のロスがあったが、今では大分改善されている模様である。


(2)逼迫するエネルギー需給と今後の対策

しかるに、近年「ドイモイ」政策の下で経済活動が活発化するにつれて電力需要が大きく伸び始め、現在では需給バランスが崩れてきている。とくに人口も多く経済活動が最も盛んなホーチミン市やメコンデルタ地帯を中心とした南部ベトナム地域のエネルギー・電力不足が深刻な問題になっている。南部は北部と地形的に大きく異なり、全体に平坦で高低差が少ない(例えばサイゴン河口とカンボジア国境辺は1~2m前後しか高低差がなく、満潮時にはメコン川やサイゴン川にも海水が上がってくる)ため、水力発電所は建設できない。

もっとも、「メコン河開発計画」がいずれ本格化すれば、水力発電所も多数建設されると期待されている。ただ、その場合でも問題は、昔からベトナム、ラオス、カンボジアの3国は、必ずしも仲が良くないことで、ラオスやカンボジアに大型発電所ができても、そこからベトナムが長期に安定的な供給を確保できるか否かに不安がある。このためベトナムとしては、安全保障、外交戦略上の考慮から、自国内でのエネルギー安定確保が必要と考えている。

そこで、現在南部では石油・ガス火力発電の拡大が急務となっている。日本もODAや民間借款で火力発電所の建設に力を入れており、例えば南シナ海沿いのフーミン地区には既に119万KWのガス火力発電所(三菱重工製)が運転中で、今後計画がすべて完成した暁には400万kW以上の大発電所が出現する。

他方石油については、南シナ海、とくに南沙諸島(Spratlys)と西沙諸島(Paracels)周辺の海底石油開発が有望とされ、とくに南沙では日本企業をはじめ各国のオイル・メジャーが試掘している。推定埋蔵量はかなり大きいとされ、越米戦争終了直後から既に20数年、ソ連(現在ロシア)、最近ではアメリカの石油資本が資金を投入して試掘しているものの、今のところ、想定されたほど産出してはいない。

しかも、仮に石油が大量に産出するようになれば、この海域は元々各国の領有権が錯綜しているため、領有権争いが激化する可能性が非常に強い。すでに南沙諸島の多くの島々に対し、中国・ベトナム・マレーシア・フィリピン・ブルネイ・台湾の6ケ国が領有権を主張しているが、中でも中国は、1993年にこの辺の海域全部を中国領海に指定した「領海法」を制定し、着々と既成事実化を図っている。(最近は日中間でも東シナ海の海底ガス田探査問題が表面化し、緊張が高まっている。)   

こうした中国の動きに刺激されて、各国が海軍を派遣し実力行使をすれば、一触即発の危機に発展しかねない。今のところASEANが仲立ちして、領土紛争を棚上げして開発優先を打ち出しているが、状況は改善していない。もし将来大規模な武力衝突が発生すれば、この海域を重要なタンカー・ルートとする日本にとっても重大な事態となる。

2.ベトナムの原子力開発計画

(1) 原子力導入に向けた動き

上述のとおり、メコン川開発による水力発電計画にしても、南シナ海における海底石油やガス開発にしても、すべてベトナム自身の思うようには利用できず、いずれにせよ国産のエネルギー資源だけでは急増する需要を賄いきれない。従って現在は、不足分は中東から石油やガスを輸入してカバーしているが、財政的、政治的な理由でいつまでも輸入石油に頼るわけには行かない。そこで、ベトナムとしては、こうした状況から脱却するための有力な選択肢の1つとして、将来原子力発電が必要と考えており、既にその方向に動きつつある。

2001年3月の第9回共産党大会における原子力重視の正式決定を受け、直ちに原子力導入に向けた様々な準備作業に入った。ベトナム工業省が中心となり、原子力委員会、科学技術環境省、電力庁といった省庁およびそれらの付属研究所がタスクチームを作り、工業大臣自らが議長となって2001年から原子力発電に関するプレ・フィージビリティ・スタディ(Pre-F/S)を開始した。このスタディの実施に当たっては、ベトナム側の要請により日本の民間企業グループが全面的に協力を行った。

スタディの結果は2003年末にまとまり、現在国会の審議に付されている(2004年7月現在)。今後国会の承認が得られれば、次の段階、すなわち正式なフィージビリティ・スタディに移ることになり、向こう2年間にわたり本格的に原発導入の可能性を検討することになる。

このスタディの結果によれば、2020年における原子力発電の必要容量は200万kW (中成長)~400万kW(高成長)、さらに2030年においては800kW~1,200万kWと見込まれており、2017年から2020年の間に第1号機の運転を開始する計画となっている。すでに原発建設候補地の選定作業も行なわれ、6つの候補地が選ばれていたが、現在ではさらに2つの地域―ニントゥアン(Ninh Thuan)省、フーイェン(Phu Yen)省―に絞られている。<地図参照>

また、ベトナム原子力委員会は、関係各国(日本では、東芝・日立・三菱重工など)の協力を得て、ハノイ、ホーチミン市のほか建設候補地の住民に対し原子力の重要性をPRするための「原子力展示会」を数度にわたって開催しており、それなりの成果が上がっている模様である。

(2)諸外国の動向:激化する売り込み合戦

こうしたベトナム国内の動きに連動して、すでに先進数カ国(日本を含む)が猛烈な対越原発売り込み競争を開始している。中でも旧宗主国のフランス、冷戦時代の同盟国であったロシア(旧ソ連)、さらに最近では韓国がことのほか熱心である。

ロシアについては、プーチン大統領自ら、2002年夏のベトナムでのトップ会談で、強力な働きかけを行なったほか、原子力大臣なども数度にわたって訪越している。最大の強みは、現在原子力(放射線)関係の仕事をしたり、研究所で働いているベトナム人の95%が旧ソ連で教育や訓練を受けた経験を持っていることだ。しかも、ロシアの売り込みには、これまでのケース(対パキスタン、イラン等)に見られるように、政治的な色彩が濃厚で、初号機は採算を度外視して無償に近い形で建設し、その後の2、3号機の契約で元を取れればよいといった計算をしているともいわれるが、とくにベトナムに対しては、例えばカムラン湾(ベトナム戦争中、米軍の最大の海軍基地)を使わせてくれれば、お返しに原発を何基か格安で建造しよう、といった政治的、軍事的配慮を絡めた取引を提案しているとみられる節もある。

フランスも、世界の原子力最先進国としての実績を背景に、歴代の大統領や首相が陣頭指揮でベトナムのトップに強力に働きかけている。他方、最近になって俄かに注目されているのが韓国で、いわばダークホース的な存在として日本の関係者からも最も強力なライバルと目されている。KEDO計画による北朝鮮向けの軽水炉(韓国標準型)2基が宙に浮いた格好になっているので、それを格安でベトナムにという可能性も無きにしも非ずだ。また、ベトナムは少量ながらウランを産出するので、カナダがCANDU炉(天然ウランをそのまま燃料として使える)を売り込でいる。その他、中国、アルゼンチンも動いているし、インドも独自の重水炉の売り込みを狙っている。このように日本を含む6,7ヶ国が入り乱れて対ベトナム原子力商戦に鎬を削っているが現状である。

(3)日本側の対応ぶりと問題点

これまで日本は、(社)日本原子力産業会議(原子力関係の企業や団体で組織されている)が窓口となり、東芝・日立・三菱重工といった重電メーカーを中心にオール・ジャパン方式で、ベトナム原子力委員会をカウンターパートとして積極的な協力活動を行なっている。日本国内の新規原発建設が低迷している状況下で、アジアへの原子力輸出はかねてから業界の宿願となっており、アジアの原子力平和利用最先進国としての沽券にかけて是非ともベトナムに橋頭堡を築いておきたいと考えるのは当然であろう。他方ベトナム側でも、専門家たちは日本の原子力技術に信頼感を抱いており、筆者の見る限り日本への期待は大きいと思われる。

しかし、残念ながら、日本には、20年近く前の中国(上海の近くの秦山原発1号機に圧力容器を輸出)、最近の台湾(第4原発。ただし米国企業が主契約者)等の先例があるだけで、単独で原子力プラントを輸出した経験がなく、今回のベトナムとの関係においても色々なハンディキャップを抱えている。後で詳しく検討するように、他国との比較で日本の不利とされる点の多くは、そういた実績や経験の欠如によるものであるが、さらに具体的に言えば、(1)日本製原子炉が他国に比して1.5~2倍も高いとされること、(2)原子炉とセットで輸出できる日本独自の核燃料を持っていないこと(使用済み燃料の処理・処分についても確約ができない)、(3)原子力輸出に不可欠である政府間の原子力協力協定が未だに締結されていないこと等である。こういった明らかなマイナス要因を、日本製原子炉の性能の優秀さや定評のあるサービス面(人材養成、運転指導、機械の維持・補修等々)でのきめの細やかさ、といったプラス要因でどこまでカバーして行けるか、が今後の課題であろう。

こういった具体的な問題点を論ずる前に、背景的な事情として、過去30年間程の東南アジア諸国における原子力開発の歴史や、日本との関わりについて簡単に振り返っておきたい。

3.アジアの原子力開発の難しさ

(1)挫折の系譜

筆者は外務省の初代原子力課長だった1970年代後半以来、長年にわたりアジアの原子力開発に深く関わってきたが、その間、いくつかの東南アジア諸国の原子力開発計画が内的要因よりむしろ外的要因により次々に頓挫して行った事例を沢山見てきた。

古くは70年代初頭、タイが東南アジアでは最初に原子力発電を計画したが、数年後にシャム湾(タイ湾)に海底石油が発見された途端に、原子力熱は冷めてしまった。今でも原子力発電の計画もサイト予定地もあるにはあるが、海底石油が出る間はおそらく原子力発電には着手しないであろう。

次に登場したのはフィリピンで、マルコス政権時代の1970年代後半から、米国のウェスティング・ハウス(WH)社と契約して60万kW軽水炉2基をバターン半島(太平洋戦争中の「死の行進」で有名)に建設する計画が進められた。私も建設工事中に現地を3回視察したが、工事はそれなりに着々と進んでいた。ところが、1979年のスリーマイル島(TMI)原発事故を契機に米国原子力規制委員会(NRC)が、輸出についても国内向けの安全基準を満たすべきと決定したため、フィリピン政府はWH社との再交渉を余儀なくされ、建設価格が一挙に倍増(当初価格の10億ドルから19億ドルに)した。その結果、この金策に絡んでマルコス政権の財政スキャンダルが露見し、大統領は失脚、すでに8割方完成していたバターン原発もあえなく頓挫し、借金だけが残ってしまった。フィリピンには現在でも原発建設の夢を持つ関係者はいるが、バターン・プロジェクトの後始末もついていない状況では次の原発プロジェクトを立ち上げることはまず無理だろう。

次に3番手として登場したのがインドネシアで、1980代初めから、ハビビ(Habibie)という研究技術大臣を長く務めた実力者が原子力計画を強力に進めていた。まずジャカルタ近郊のスルポン地区に30MWの多目的研究炉(ドイツ・ジーメンス社製)を完成させたのに続いて、中部ジャワのムリヤ半島地域に発電炉の第1号機を建設することが決定し(運転開始は2003年の予定だった)、日本も関西電力系企業がコンサルタントとして関与していた。ところが、国際入札も間近の1997年夏、突如タイで勃発した国際通貨危機がインドネシア経済を直撃し、スハルト長期政権が倒れ、その後、ハビビ氏が1年ほど後継大統領を務めたものの退陣を余儀なくされ、同時に、ムリヤ計画もあっけなく頓挫してしまった。スルポン計画以前から同国の原子力計画の立案に深く関わってきた私個人にとっても、誠に残念な成り行きであった。

現在、インドネシアの原発計画は白紙に戻った状態だが、同国の原子力関係者たちは、いまだ原子力発電所建設計画を諦めていないようである。それには、アジア最大の産油国でありながら、あと数年以内に石油の純輸入国になると予想されるので、石油収入のあるうちに原子力発電を実現したいという政策的配慮が背景にあるものとみられる。

(2)ベトナムの特殊性

さて、以上のような苦い挫折の歴史を乗り越えて、いよいよ4番バッターとして登場してきたのが我がベトナムである。だからこそ、ベトナムには是非とも成功してもらいたいという熱い期待が当然日本の関係者の間でもつよい。仮にもしベトナムも失敗すれば、東南アジアにおける原子力開発の気運は大きく後退を余儀なくされるだろうからである。  

しかしながら、客観的に見て、ベトナムの原子力計画の前途にも少なからぬ困難が予想される。同国は、現在市場経済化が徐々に進んでいるものの、政治面では社会主義が原則で共産党の一党独裁であり、それゆえに、中央政府が一度決定すれば国内で仮に反原発ムードが出てきても、これを未然に抑えることができるだろう。しかし現在の状態がいつまでも長続きするとは考えにくい。

同じ社会主義国でも中国の場合は、鄧小平が改革開放路線をうまく定着させたが、ベトナムにはホーチミン亡き後、今のところ鄧小平に相当するような傑出した指導者が出ていない。インターネット時代となり、若い世代はアメリカやヨーロッパ流の考え方や情報(その中には反原発的なものも当然含まれる)を自由に入手できる。私は2002年の秋2ヶ月ベトナムに滞在してハノイの大学や研究所で「日本外交政策」を教えたが、大学の法学部や社会科学系の教授たちの中には欧米並みの環境重視派が少なからず存在し、彼らが早晩反原発派に転じる可能性を肌で感じた。工業省や原子力委員会でも国内に反原発の動きが兆しつつあることを警戒している。1号機運転開始まであと約15年として、その間にどのような変化がベトナム社会に起こるかは予測不可能だが、油断すると最後に足をすくわれる惧れがある。途上国での原子力開発においては、常にそのようなリスクがあることを覚悟し、日本側関係者も十分に注意して対応していく必要がある。

4.問われる日本の基本姿勢

とはいえ、私は、ベトナムが今後とも猛烈な勢いで発展し続け、それに伴ってエネルギー需要が急増するのは必至であるから、仮令いかなる政権が誕生しても、エネルギー確保の一環として原子力発電計画を選択せざるを得ないだろうと見ている。さらにまた、ベトナムは近い将来必ず東南アジアの最強国の1つになるであろうから、そのようなベトナムとの友好関係を一層強固なものとしておくことは、21世紀における日本の対中国外交上も絶対必要と考えている。日越原子力協力の重要性もまたそのような戦略的判断に基くものに他ならない。

しかしながら、日本の対越原子力協力には、現実にいくつかの重大な障害が存在しており、これらをいかにして克服するかが今後の課題である。これらの障害(マイナス要因)については、すでに前節で3つに絞ってごく簡単に触れたが、ここでは最後の1点、すなわち日越原子力協力協定の不存在という問題点について述べておきたい。

今さら指摘するまでもなく、原子力輸出の場合核拡散問題が常につきまとう。日本がアジア諸国と原子力取引をする場合も、機微な(つまり核兵器製造に転用される惧れのある)ハードウェアやソフトウェアについては、必ず政府レベルの原子力協定を事前に締結し、核拡散(つまり核物質・技術の軍事転用)の防止義務を明確にしておくことが必要である。この辺の事情については、拙著「日本の核・アジアの核」(朝日新聞社、1997年)の第5,6章を参照されたい。

他の関係国すべてが既にベトナムと2国間の原子力協力協定を締結しているのに、日越原子力協定が未だに締結されていないことは、もっぱら日本政府側の怠慢であるといってよい。私は1970年代から日本とアジア諸国の原子力協力推進のための布石を色々打ってきたが、残念ながらその後全く効果的なフォローアップがなされていない。のみならず、外務省を含め政府部内には対アジア原子力協力関係の重要性を理解する者は現在ほとんどいないといってよい。それどころか、ベトナムを含め東南アジア諸国は種々の面で遅れており、原子力発電のような高度の科学技術を受け入れる土壌が出来ておらず、そのような状態での原子力導入は技術的に危険であり、もし一つ間違って重大事故が起これば日本の原子力産業にも壊滅的な打撃となる、しかも、政治的に不安定な国が多いから、核拡散の惧れは十分にあり、原子力輸出は政策的に不適当、少なくとも時期尚早だという意見が圧倒的に多いように見受けられる。原子力協定の締結問題については、実際に商談が纏まり日本製原子炉の輸出がはっきりしてから締結すればよく、現在はまだその状況ではない、というのが政府当局(外務省条約局)の一貫した立場のようである。

しかし、私は、原子力協定締結が先か、商談が先かは「鶏が先か、卵が先か」のようなもので、別々には考えられないと思っている。他の競争相手が先刻2国間原子力協定を結び、国家元首レベルで売り込み合戦を展開しているときに、日本だけが無協定であることの不利は明らかである。協定の不存在は政府が積極的でないということの証明であり、いかに商社やメーカーが頑張っても先方政府が真剣に相手にするわけがない。

5.日本とアジアの平和と安全保障のために

しからば、日本はベトナムの原子力発電導入計画にどう対処すべきか、日本自らは"手を汚さず"他国の対越売り込み競争をただ傍観するべきなのか。現に霞ヶ関や永田町には、「何も日本が無理してやらなくても、ベトナムが自由に判断してやればよい。日本はむしろ日本国内のエネルギー安全保障や原子力の安全策に精力を使うべきであって、わざわざベトナムの原子力にテコ入れしてやる必要はない。"君子危うきに近寄らず"が正解だ」という醒めた意見が少なくないように見受けられる。これは一見いかにも現実的な考えのようだが、そこに私は、冷戦時代から日本人の精神構造を支配してきた「一国平和主義」、「一国安全主義」の風潮を感じざるを得ない。

私は、長年自らが目撃してきたいくつかの国際的事例に照らして、ベトナムにおいても、もし日本が関与しない形で原子力活動が行なわれた場合には、日本は責任もない代わりに、発言権も認められないから、万一ベトナムの原子力発電所で大事故が起こっても日本の技術者が救援に駆けつけることは難しく、最悪の場合には日本国内の原子力にも甚大な影響が及ぶだろうと思う。さらに、万一核拡散面でいかがわしい活動が行なわれたとしても――別にベトナムがそうだというわけではないが――日本は「蚊帳の外」に置かれることになるだろうし、そうなれば、日本自身の安全保障、ひいてはアジアの安全保障上も極めて望ましくない結果となることを懸念している。つまり、原子力の分野においても、もはや「一国平和主義」、「一国安全主義」は成り立たないということである(この辺のことも上記拙著に詳述してある)。

もっとも、仮に日本が対越原子力協力(輸出)を積極的に行うことに腹を決めたとしても、いくつかの外交的、法律的ハードルが存在することも否定できない。1つだけ問題点を指摘すれば、米国との関係である。日本の原子力は伝統的に米国の技術をベースとしてやってきたので、今日日本製の原子炉といわれるものも残念ながら100%国産技術ではなく、米国の技術がごく僅かでも関わっていれば米国政府の同意なしに第3国への原子力輸出は出来ない仕組みになっている。理論的には米国以外の国と組んで原子力輸出をする方法もあるだろうが、米国の意向を無視して対アジア原子力輸出を強行したとすれば、日米同盟関係にマイナスとなることは、最近のイランの「アザデガン油田」開発問題をめぐる日米摩擦の例を引くまでもなく、明らかである。

別の方法として、日米共同受注というやり方もある。例えば、数年前の台湾第四原発のケースでは、米国企業(ジェネラル・エレクトリックGE社)が主契約者となり、そのひさしの下で東芝、日立両社が原子力発電の部品等を台湾に輸出しており、ベトナムに対してもそのような方法が可能と思われる。しかし、米越関係には政治的にかなり微妙なものがあり、米国議会の反応等を考えるとそう簡単に行くとは思えないが、最近私がワシントンで個人的にサウンドしたところでも、日米両政府当局者間でこの問題について突っ込んだ協議を行った形跡は全く認められない。ベトナム側もこうした日米関係についてある種の疑念を持っているようである。

実は、このような状況については、日本側民間レベルでは、かなり前から密かに憂慮されているのだが、民間の関係者から――米国政府はともかく――日本政府に対して効果的な働きかけがなされているようには一向に見えない。民間の関係者は、対越折衝に奔走するだけでなく、もっと対日本政府向け、さらに言えば、国内世論向けの働きかけを強化する必要がある。日本の対越原子力輸出の成否は、最終的には国内世論をどう説得するかが鍵であると私は考えている。

つまり、前述のとおり、対ベトナム原子力協力(輸出)は、単にベトナムのエネルギー安全保障のためでも、いわんや日本の特定企業の利益や原子力業界の安泰のためでもなく、日越友好関係の促進、ひいては日本自身とアジア地域の安全保障と平和のためでもあることを官民の関係者が明確に認識し、その上で、そのような国内コンセンサスを一日も早く固める必要があると考える。

いまや日本は、21世紀全般を展望し、真に長期的、戦略的な視点から今後のアジアのエネルギー安全保障とそのための対アジア外交政策を構想する必要があるが、日越原子力問題の重要性もまさにそのような大局的見地から捉えられるべきであることを強調しておきたい。 (了)

(注)この原稿は、2003年8月、筆者が日本ベトナム協会の定例講演会で行った講演をベースに、若干補足しアップデートしたものである。

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