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「日本核武装論」にはきちんとした反論が必要である

  • 執筆:金子熊夫
  • 掲載日:2003年6月24日
  • 掲載紙: 「世界週報」(時事通信社)

<再燃する日本核武装論:「ジャパン・カード」?>

近時、北朝鮮の核開発問題が一段と緊迫化する中で、「日本核武装論」という怪物が内外の論壇を徘徊している。日本では昨年小沢一郎自由党党首、福田康夫内閣官房長官、安倍晋三副官房長官らの発言が物議を醸したことは記憶に新しい。

一方米国では、昨年10月、北朝鮮が新たにウラン型核爆弾製造計画を明らかにした頃から、急に日本核武装論が再燃し始めた。米国での論議は、要約すると、「北朝鮮の核開発に脅威を感ずる日本はいずれ必ず核武装に走るだろう。核兵器の元になるプルトニウムも濃縮ウランも沢山持っているから、技術的には十分可能だ。日本のような責任ある大国が核武装することはむしろ自然である。米国はこの際、日本に公然と核武装に踏み切るように働きかけるべきだ」というようなものだ。もっとも、このような考えは、30年以上前から、ハーマン・カーン(Herman Kahn)、ケネス・ウォルツ(Kenneth Waltz)等一流の戦略家や国際政治学者が時々言っていたことで、別段新しい考えではない。

続いて、今年1月初め「ワシントン・ポスト」紙に著名コラムニスト、チャールズ・クラウト(Charles Krauthammer)の「ジャパン・カード」("Japan Card")と題する論文が出るに及んで、議論が再び盛り上がった。彼の論旨は、「北朝鮮がなかなか核開発を断念しないのは、背後で中国が支援しているからで、中国にもっと北に圧力をかけさせる必要がある。そのためには、日本に核武装させるぞという脅しをかけるべきだ。中国にとって核武装された日本は、我々(米国)にとって核武装された北朝鮮と同じくらい悪夢のはずだ」というものである。これ以後主として共和党系の一部有力議員―マッケイン上院議員など―が同趣旨の発言を盛んに行っており、チェイニー副大統領までが記者会見でこの問題に言及したと伝えられる。

さらに、イラク戦争後の4月下旬、北京で開かれた米朝中3者協議で北朝鮮が、凍結していた寧辺の核再処理施設で8,000本の使用済み核燃料棒を既に再処理したと言明したため(この言明が事実かどうかは現在のところ不明)、日本でも再び危機感が高まった。一部の論者は今までのタブーを破って、日本核武装論を公然と唱えたり、非核3原則の見直し、廃棄を主張したりし始めている。

<核武装より日米同盟強化を>

もっとも、こうした意見はまだ国内では極少数派で、各種世論調査によれば、大多数の日本人は、依然として核兵器自体に拒否反応を示しており、また、日米安保条約の下で米国の「核の傘」が有効に機能している限りは日本自身の核武装は不必要と考えているもののようである。もちろん、日米安保体制も未来永劫絶対不変というわけではないから、将来いつか同体制が消滅した場合のことを考えるのも全く無意味ではないだろうが、現在はそのような仮定の議論をするよりも、日米同盟関係の一層の強化を図ることに全力を傾注すべきである。日本政府がイラク戦争でいち早く対米支持を明確にしたのもその意味で正しい選択であった。

 しかし、にもかかわらず、海外で日本核武装への疑惑ないし懸念が根強く存在していることは事実であり、これを外国人の単なる認識不足、誤解、妄想によるものとしていつまでも放置し、黙殺することは適当ではない。放置すれば、必然的に日本の「平和友好国」としてのイメージダウンを齎し、折角の「平和外交」努力を相殺してしまう惧れがあるからである。

それではこの問題にいかに対処すべきか。これまで我々は、海外の疑惑に対しては、「日本は唯一の被爆国だから」とか「国民に核アレルギーが強いから」という感情論、あるいは「憲法9条や非核3原則の歯止めがあるから」、「原子力基本法で原子力の軍事利用は厳禁されているから」、「核不拡散条約(NPT)で縛られているから」という法律論(タテマエ論)で説明してきたが、それでは不十分で、国際的な納得は得られない。国民感情は移ろいやすく、現に「ヒロシマ、ナガサキの原体験」も若年層の間では風化しつつある。法律論も、国内法は憲法でさえ自分がその気になれば変えられるわけだから、十分な対外説得力を持ちえない。

<日本核武装論にどう答えるか>

そのような通り一遍の説明ではなく、なぜ日本が核武装をしないか、してもプラスにならないかを戦略的、外交的分析に基づき理路整然と説明する必要がある。もし日本が核武装したらどういう結果を生むか、という角度から説明するのもよい。こうした理論的な説明は、一般国民よりむしろ国際政治や軍事・外交を専門とする人々の役割であって、これまで核問題を徒らにタブー視し、そうした説明努力を十分果たして来なかったのは、彼らの知的怠慢であるとさえ言わねばならない。

もう1つ重要な点は、日本は確かに大量のプルトニウム―国内の東海再処理工場で再処理したものが約6トン、海外(英仏)での委託再処理によるものが約32トン、合計38トン―を保有しているが、これらはいずれも「原子炉級プルトニウム」であって、「兵器級プルトニウム」とは化学的組成が大きく異なり、簡単には爆弾にはならないという点である。因みに、日本国内で核燃料サイクル活動の一環としてこれから実施しようとしている「プルサーマル」(プルトニウムを軽水炉で燃やす)計画では、プルトニウムをウランと混ぜた混合酸化物(MOX)燃料の形で使うのであるから、一層核兵器製造には転用しにくくなっている。

また、当然ながら、これらの分裂性核物質は総て国際原子力機関(IAEA)の厳格な査察・管理下におかれていて、軍事転用が出来ないようになっていることも、十分周知徹底しておくべきである。こうしたことは、一部の原子力専門家以外には余り知られておらず、とくに政治家には不勉強な人が多いから、まず彼らをよく教育しておく必要がある。政治家の不注意な言動ほど国益を害するものはないからである。

いずれにせよ、海外の疑惑にはただ頭から否定するだけでなく、その都度きちんと客観的、論理的に反論しておくべきである。国際社会で反論しないということは、相手の主張を認めたことになる。かつて、第2次世界大戦開戦前の日本の態度について、英国のチャーチル首相がそう批判したことがある。

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かねこ・くまお=外交評論家、エネルギー環境外交研究会会長。元キャリア外交官、初代外務省原子力課長。前東海大学教授。現在、(財)日本国際フォーラム理事、(財)地球環境センター理事、核燃料サイクル開発機構運営審議会委員。著書に「日本の核・アジアの核」ほか。ハーバード大学法科大学院卒。愛知県出身、66歳。

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