EEE会議主催特別シンポジウム「エネルギー国家戦略と原子力:日本の選択」
特別シンポジウム「エネルギー国家戦略と原子力:日本の選択」
主催: エネルギー環境Eメール(EEE)会議
(2004年8月25日 経団連会館国際会議場にて)
米国のイラク戦争の後始末が難航し、中東情勢が一段と混迷の度を加えつつある中で、原油価格の不気味な高騰が続いている。対中東石油依存度が約90%と際だって高い日本のエネルギー安全保障は非常に危機的な状況にある。加えて、日本向けタンカールート上にはペルシャ湾、インド洋、マラッカ海峡、南・東シナ海など、テロ、海賊、領有権紛争のリスクが高まっている。
「資源小国」を自認しながら、日本人は、こうした国際状況にあまりにも無頓着ではないか。エネルギー問題は本質的に国際政治的な性格を持つものであり、そうした面を十分顧慮せず、国内レベルの議論(コスト、安全性、環境問題、地元対策など)だけに終始していては、国家の将来を誤る惧れがある。いまこそ日本人は、エネルギー問題における自らの脆弱性(vulnerability)を再認識し、その上で国家戦略としてのエネルギー政策のあり方と、その中で「まさかの場合の保険」として、あるいは「外交交渉上のテコ」としての原子力が果たすべき役割と可能性についても徹底的な議論を行う必要がある。
まさにこのような趣旨によるハイレベルのシンポジウムが、8月末に東京・大手町の経団連会館で開催された。主催したのは、エネルギー問題に関するユニークな研究活動で知られる市民団体「エネルギー環境Eメール会議」(代表:金子熊夫エネルギー戦略研究会会長)で、シンポジウムには国内有数の戦略、安全保障問題の論客が顔をそろえ、200余名の参加者との間で白熱した議論が展開された。以下その概要をご紹介する。 (時事通信社「世界週報」編集部)
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<主催者の開会挨拶> 金子 熊夫氏(EEE会議代表、エネルギー戦略研究会会長)
日本は自らの脆弱性を自覚し、エネルギー国家戦略を確立せよ
本日のシンポジウムの主催者として、まずこの会議の開催趣旨を申し述べたい。
いきなり本論に入ると、現在、原油価格が高騰を続けているが、その原因は大きく分けて以下の二つに分類できると思う。
第一は、産油国側の問題で、中東・ロシア・南米等の産油国における原油の減産あるいは増産余力の低下により、供給が世界の需要に追いつかなくなっているという事情がある。イラクの戦後復興問題は混迷を続けているが、今後米国(またはイスラエル)が、核兵器開発を行っているイランに対して先制攻撃をしかけるという予測もあり、それをきっかけに中東における紛争や内紛が一段と激化した場合には、突如石油供給途絶という非常事態も考えられる。これは病気に譬えればある日突然襲ってくる「心臓麻痺」的な危機であって、非常に深刻な事態である。
第二は、産油国側の問題で、とくに中国、インドを初めとするアジア諸国の経済成長の結果としてエネルギー需要が急増しているという事情がある。こうした石油需要の急増は突発的な石油危機を招くようなものではないが、病気に譬えれば、気がつかぬうちにじわじわ進行する「肝臓ガン」のようなもので、長期的に見ると、こちらの方がより一層深刻な問題であると思う。
この他にも、中東から日本に至る13,000キロの海上輸送、いわゆるシーレーン問題(海賊、テロ等)のようなエネルギー安全保障上極めて重要な問題もある。こうした問題への対策として、日本はもっと海上交通の安全、つまりシーレーン防衛ということに力を入れる必要がある。また、石油の供給途絶のような事態に対する当面の対策としては、まず第一に石油備蓄を強化する必要がある。日本は現在160日分の備蓄があり、韓国も若干の備蓄を行っているが、その他のアジア諸国はほとんど行っていない。さらにアジアにおいては、省エネや石油代替エネルギー(とくに再生可能な自然エネルギー)の開発が必要で日本も援助すべきだが、所詮それらには即効性はなく、近い将来大きな効果を期待することは出来ない。
また、日本の場合はとくに、輸入先の多角化が急務である。現在、日本の中東依存度は極めて高く、原油輸入の約90パーセントが中東諸国からだ。今後の輸入先としてはロシア等が有望で、現在シベリアやサハリンの石油・ガスをパイプライン等で持ってくる計画が進んでいる模様だが、日露間に平和条約がなく、北方領土問題も未解決の状態での協力には限界があることを否定できない。
このような状況において最後に一番頼りになるのは、やはり、準国産エネルギーとも言うべき原子力なのではないだろうか。であるならば、日本人は自らのエネルギーの脆弱性をしっかり認識した上で、多少危険が伴い、コストがかかっても、原子力開発を進めるという覚悟を固めなければならないだろう。これは好き嫌いのレベルの問題ではないはずである。
ただし、原子力がいかに重要であるにしても、現状では問題が多い。今のままでは国民の信頼を失い、日本もいずれ将来原子力から撤退という事態にもなりかねない。安全性の確保は大前提であるが、同時に、原子力の必要性を訴えるだけではなく、何故必要なのかを、国民が納得できるロジックで説明し、積極的に理解と支持を求めなければならない。
本シンポジウムは、まさにこのような問題意識に基づいて企画され開催されるもので、第一に、エネルギーを巡る国際情勢を客観的に分析し、日本のエネルギー事情の脆弱性を再認識すること、第二に、日本の国家戦略、国家安全保障という観点から、エネルギー政策のあり方、原子力の果たすべき役割・存在意義を明らかにし、その上で原子力の重要性に関する説得力のある、分かりやすいロジックを考え出すこと、を目的とする。原子力の技術的・経済的な問題についての議論は別の機会に譲り、本日はもっぱら国際政治・安全保障という視点からの議論を行うこととしたい。
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<来賓挨拶> 篠沢 恭助氏(国際協力銀行総裁、元大蔵事務次官)
日本にとっての原子力の重要性
エネルギーは、個人にとって食料が必要不可欠であるように、国家にとって最も基本的で不可欠なものである。我が国のエネルギー自給率は4%と、大変な資源小国である。かつて「石油の一滴は血の一滴」と言われたものだが、これは全くの真実である。日本のエネルギーのベストポートフォリオを追求する中で、石油がやはり一番大事である。しかし石油の中東依存率は90%にものぼり、非常にバルネラブル(vulnerable)である。したがって多角化の必要があるが、なかなか簡単には行かない。そのような供給源や、地球温暖化防止の観点からの太陽光、風力等もクリーンエネルギーの観点から大事ではあるが、今のところ期待しても限界がある。したがって基幹エネルギーのひとつとして、また緊急時の保険として、さらに国際的なバーゲニング・パワーとしての原子力が必要となってくる。
地域的に見ると、アジアでは中国の急激な台頭、経済成長が著しく、これが世界経済へ重大な影響を与える可能性は否めない。エネルギーの安定供給体制を作るため、共同開発や技術協力などの相互補完が必要となってくるといえる。原子力エネルギーに対してはベトナム等が大きな関心を示している。核不拡散の原則を維持しつつ、アジアでのエネルギーの確保を目指す必要があると考える。
国内の原子力を取り巻く状況は極めて厳しいと言わざるを得ない。是非、関係者には大いに御尽力を賜りたい。また一般国民も受益者の立場から原子力産業の基盤を支えるため関心を高めていく必要があると感じる。本日は、世界、そしてアジアにおける日本のエネルギー政策の在り方、またバランスのとれたエネルギー・原子力政策の確立について実りある議論を期待したい。
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<基調講演>十市 勉氏(日本エネルギー経済研究所常務理事)
エネルギー安全保障と日本の課題
最近、エネルギー安全保障・安定供給という問題への関心が世界的に高まってきている。その理由は以下の通りである。
第一に、欧米での大規模な停電など、世界的に電力を巡る危機が起こっていることが挙げられる。このような危機は日本でも懸念されている。第二に、2001年9月11日のテロ事件、イラク戦争等により、石油の供給基地である中東の情勢が不安定化したため、原油価格が高騰しているという状況がある。第三に、中国・インドを初めとするアジアの途上国での需要が予想以上の勢いで伸びているということがある。これらにより、エネルギー安全保障に対する再評価がなされている。
それでは、エネルギーの安全保障とは何なのであろうか。
狭義には、供給途絶による政治的・経済的・社会的なリスク(短期的・一時的なリスク)に対する安全保障、広義には、供給不足、価格高騰により経済発展が制約されるリスク(中・長期的なリスク)に対する安全保障のことである。いずれにしても、量の確保のみならず、価格の面でも、購入可能な価格で必要な量が確保できるという状況が、エネルギー安全保障が確保された状況である。
エネルギー安全保障観の歴史的な推移をたどってみると、第一次・第二次世界大戦期は、「戦略物資」としての石油確保が列強諸国の国策であり、国家戦略として石油資源の争奪が行われていた。第二次世界大戦後は、石油に基づく近代化・工業化が進み、石油は国家の産業発展を支える基本的な物資と考えられ、石油資源を持たない国家は海外での石油の開発に力を入れた。1970年代になると、資源ナショナリズムということでOPECが力をつけ、2度の石油危機が起こった。これにより原油価格が暴騰してエネルギー供給力拡大の投資が急増したが、その反動で1980年代半ば以降は供給設備の過剰と価格低下を引き起こし、これがエネルギー市場の自由化・規制緩和につながった。
このようなエネルギー低価格の状態が続くと、エネルギーの需要が増えて供給が追いつかなくなる。近年は環境問題も持ち上がり、設備も建てられず、発電量が足りないという事態が起こっている。現在はこの価格による調整が行われている過程にある。原油価格の高騰で投資が促進され、需要が抑制されるようになると思われる。
現在は、リスクが多様化している。資源はあるが、中東の不安定等の理由により、大規模な投資が行われず、需要に供給が追いついていないという状況である。需要については、アジアの途上国のエネルギー需要が増え続けていく。
アジアのエネルギー需要が伸びるなかで、石油・石炭・天然ガスといった化石燃料の需要はやはり大きい。地球温暖化対策との関係で、石炭は安価で供給も安定しているが、各国とも増加率を抑えようとしている。原子力もまだ割合は低く、やはりエネルギーの中心は石油である。
ところで、これまでは、中東から石油が来ないとかシーレーンでの問題など、海外からエネルギーが来ないという危機に対して、省エネルギーや代替エネルギーといった対策を行ってきた。しかし、近年アメリカで相次いでいる電力危機や精製能力不足によるガソリン価格の急騰は、ある意味では「内なるエネルギー危機」とも言える。日本の場合にも原子力の操業問題がある。「外なるエネルギー危機」と「内なるエネルギー危機」の両方を考えなければならない時期にきている。また、9.11テロ以降、エネルギー安全保障の考え方が多面的になってきている。
日本のエネルギー安全保障政策の課題としては、以下の5点が挙げられる。
第一に、エネルギー供給源・輸入源の多様化と分散化である。また、エネルギー自給率の向上にも努めなければならない。原子力は、技術によって生み出されるエネルギーであり、問題はあるものの、日本のエネルギーの安定供給という観点から開発を進めていかなければならない。極東ロシアの開発も、経済ビジネスとして成り立つものとして、重要である。
第二に、アジアの地域協力の重視である。日本のエネルギー需要自体は今後それほど増えないであろう。しかし、周辺の国を含めてのアジアのエネルギー安全保障及び環境問題というものを考えなければならない時期にきている。
第三に、中東産油国との相互依存関係の強化である。中東は政治的に不安定であるが、やはりそこにある石油資源は重要であり、これからも相互依存関係を強化していくと同時に、分散化も進める必要がある。また、中東の政治的な安定のために日本ができることをやるということも、日本のエネルギー安全保障上大切なことである。
第四に、内なるエネルギー危機への対応である。これには、原子力に対するcredibility crisisへの真剣な対応が必須である。原子力を積極的に支援していく力を強めるために、事業者・規制当局の抜本的な意識改革を行い、safety cultureを再構築していかなければならない。また、再処理問題については、コスト論だけではなく、リサイクルのメリットなども認識した上での長期的視野での国家戦略が不可欠である。
第五に、国家エネルギー戦略と取組み体制のあり方についてであるが、長期的な国家エネルギー戦略の柱として3つ挙げておく。一つ目は、中東産油国、ロシア等に対する資源外交を展開し、国際政治問題として資源外交を考えるということである。二つ目は、アジア諸国との協力の推進である。アメリカとの関係とのバランスをとりながら、とりわけ対中国との関係を考えていかなければならない。三つ目は、エネルギー関連技術の開発である。技術開発は日本の強みであり、原子力、燃料電池、新・省エネ等に力を入れていくことが大切である。
エネルギー政策については国益を踏まえた長期的・総合的な取組みが必要である。そのためには、省庁の壁を超えた、縦割りではない政策決定のプロセスとして、内閣府の下に「エネルギー戦略会議」を創設する必要があるのではないだろうか。
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<基調講演> 森本 敏氏(拓殖大学国際開発学部教授)
日本のエネルギー戦略と安全保障:現状と問題点
1つ目の問題提起は、エネルギーは国家の生存の基本要素だという点である。全ての国家・国民は、豊かになり、経済的発展をして、平和と安定を維持したいと思っているが、そのためにはエネルギーが必要不可欠だというのは、当たり前のことと思う。特に日本は、資源の多くを海外に依存しているため、やはり国際社会全体の平和と安定が重要である。つまり、日本ほど国際貢献が国益と繋がっている国はないだろう。先の大戦が行なわれたことを鑑みても、安定的に資源を確保する必要があるだろう。
しかし、日本のエネルギー政策、あるいはエネルギー安全保障なるものは、エネルギーを自由競争の原則に委ね、政府が介入するのは、いわば非常に限られたものに留まっていた。将来のエネルギー需要を考えた場合、今のような自由競争の原則の名の下に生じるある種の差別や格差を放置して、国際社会の平和が維持できるかは疑問である。つまり、国家がより全体的な戦略の下で資源エネルギー政策に深く関与していく時期が来ており、それなくして、将来の国家の安定と繁栄はあり得ない。
つまり、これから20年、30年後の日本の国力、また日本を取り巻く客観的な国際環境を見据えた上での国家のあるべき姿というものを模索することが重要であろう。そしてその実現手段の1つが、エネルギーの確保・エネルギー戦略である。つまり、真に求められているのは、国家像の確立なのではないかと感じる。その上で、将来必要なエネルギーは何か、どこまで自由競争にまかせればよいか、という原理原則が導き出されるであろう。
2つ目の問題提起は、中国の将来像というものが日本の安全保障政策を策定する上で、極めて重要なファクターとなるという点ある。
周知のとおり中国は、中国型社会主義市場経済というものを最優先課題として経済発展を続ける限り、現在の共産党一党支配による統治が正当化されるという考えに立ち、安定重視と対外投資の活用によって、経済政策を進めようとしている。しかし、この経済政策にはいくつもの難題が指摘されており、エネルギー問題に限って言えば、将来の需要増大という問題が徐々に深刻なものとなりつつある。中東・湾岸・アフリカ諸国、中央アジア諸国、最近では南シナ海や、東シナ海にまで資源を求め、石炭の液化、原子力の開発にも着手しているが、やはりエネルギー不足は大きな問題を抱えている。
また、内政問題を抱えながらも、2008年のオリンピック、2010年の上海万博は、将来の中国躍進の大きな引き金になるだろう。中国は4年後のオリンピックを控え、中台関係ならびに朝鮮半島情勢に大きな変化が起こる可能性が考えられる。それが米国の戦略動向と日本の安全保障政策見直しにも大きな影響を与えるだろう。2008年は中国のオリンピック開催だけではなく、次のアメリカの大統領選挙と、次の台湾の総統選挙が行なわれる年である。従って、今後の米中関係を注視することがが、日本のエネルギー問題、海洋の安定また対外的な経済活動にとって非常に重要だと考える。個人的な印象だが、おそらく中台関係というものが朝鮮半島問題よりも先に現実の政治のテーマとなってゆくだろう。
最後、現在の日本の状況に関して問題提起したい。戦後50年経った日本は、経済発展や人口問題のみならずあらゆる意味において国力がピークに達している。しかし今後ゆっくりそれらが低下していくということは避けられず、日本のODAや国連分担金が世界第2位であることも、数年しか持たないだろう。
おそらく今の財政状況からは、今後大幅な増税と厳しい財出削減が予測され、ODAも防衛費も、またホスト・ネーション・サポートもその例外ではない。今の国力を最大限に利用しながら、国内の諸改革、憲法問題やエネルギー問題を上手くマネージできるかどうかが、今後数十年の日本の運命を決定するであろう。その意味で、国として重要な外交国防政策や日米同盟戦略、さらにアジア太平洋国戦略というトータルな問題の中で、エネルギー戦略というものをどう位置付けるのかが問われている。経済産業省や資源エネルギー庁が一連のエネルギー政策を進めているが、エネルギーはエネルギーだけでマネージできるわけではなく、国家全体の戦略として意思決定するということが、今日日本に求められているだろう。できれば大きな節目を迎える2008年までに、そうした国の将来像というものをきちっと見据えていくことが重要である。
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<パネル討論>日本のエネルギー国家戦略はいかにあるべきか
秋山昌廣氏(シップ・アンド・オーシャン財団会長、元防衛事務次官)
森本氏より台湾問題についての意見があったが、同感である。北東アジア安全保障においては北朝鮮よりも台湾問題が鍵とみている。台湾には海峡問題があるが、これは日本の海上安全保障問題に関わるとの認識がある。海上安全保障問題とは単にシーレーンだけではなく、海底資源、EEZ等にまで及び問題は頻発しているのである。
中国は90年代においては石油の輸入国へ転じた。報告のとおり、現在石油は26%輸入に依存しており、2020年までには75%にまでなるといわれている。また中国は外洋海軍(blue water navy)海洋国家へ変転しつつある。とすれば、中国としては一連の海底調査等は当然のことをしていると捉えざるを得ない。ルール違反の可能性もあるが、そこにのみ問題を限定することは適当ではなく、中国の行為は国家安全保障上当然のことと捉え、日本はこれに対応していかねばならない。
1981年の故鈴木善幸首相訪米以来、1,000海里以遠のシーレーンはアメリカに守ってもらうということになっている。現在、海賊や海上テロは軍事的紛争の多い海域の航路帯により多く見られる。
日本の石油の大部分は中東に依存している。そしてその数字は現在再び上がってきている。中東からの石油はアラビア海からマラッカ海峡を通り、日本にやってくる。マラッカ海峡を見てみると、日々50万トンの石油が日本へ送られている。これはVLCC20万トンの船3隻分である。インドネシアとマレーシア間は約4500mと非常に狭い。最も狭いところでは航路帯の幅は800mしかない。ここでは海賊行為が頻繁化している。2000年アラビア海においてアメリカの艦船への自爆テロが起こり、死傷者がでた。また2002年にはフランスのタンカーへのテロが、続く2003年にはマラッカ海峡タンカー乗っ取り事件が起こっている。マラッカにおいて大規模なテロが起こるとどういうことになるかは想像に難くないであろう。
アメリカはマラッカ海峡における安全保障へのイニシアチブを提示している。中国はマラッカおよびインド洋にも目を転じ、アンダマン海峡に面するミャンマーのグアダール港
の近代化への貢献で港湾使用権を得て、地域での海洋権力を狙っている。各国はこのように着実に動いているのに、日本はこのままでいいのだろうか。我が国とアラビア海との間の海上ルートはきわめて不安定との認識がある。
最後に、エネルギーの問題においてルートの確保および海洋安全保障を怠ると、短期のみならず、コストアップ等の中長期的問題をも引き起こすことを指摘しておきたい。
江畑 謙介氏(軍事評論家)
日本のエネルギー安全保障という観点から、とくにタンカー航路上のいくつかの不安定要素について述べる。
(1)まず海賊という問題がある。発生場所は東南アジアと極東が多く、発生件数(2003年)は両地域で445件、全世界の海賊事件のほぼ半分近く(42.5%)になる。インドネシア(27.2%)が圧倒的に多いが、マラッカ海峡(6.3%)は、今年の7月から、常時警戒を行なうこととなった。(従来はインドネシア・マレーシア・シンガポール3カ国が、3~4ヶ月に1回行うというペース。)アメリカが参加することも検討されたが、マレーシア・インドネシアが反発したという経緯がある。
(2)次にテロリズムの問題がある。アメリカのグローバル・テロリズム・トレンドのデータによれば、アジアでは、1998年から2003年の間に発生件数がかなり増加している。特に最近の傾向としては、経済テロリズムといったエネルギー・インフラに対する攻撃が増加している。例えば、イエメン沖で2002年10月に、フランス・タンカーLimburgへの自爆突入テロ攻撃や、今年9月のバスラ沖の石油積み出し施設へのテロ攻撃などである。アジア方面はまだ具体的事例はないが、航路の通航阻止という観点からみても、かなり経済的損失を与えうるだろう。他には、環境汚染テロというものが懸念されている。タンカーだけでなく、石油化学関連施設、発電所等にテロ攻撃があれば、非常に大きな環境汚染が広まるであろう。また原油の除去作業のように環境汚染と通航妨害の一体化が懸念される。
(3)次に領土問題とASEAN諸国の軍備拡充問題がある。領有権問題で特に問題となっているのは、南シナ海から東シナ海にかけた海域内での南沙諸島や尖閣諸島などの問題で、そのほかスールー海、ナトゥナ諸島でも領土問題が解決していない。
軍備拡充強化については、アジアの諸国が非常に高性能な兵器を持つようになったことが注目される。例えば、80年代はインドネシアのみが潜水艦を保有していたが、90年代末からシンガポールやマレーシアなどの諸国も潜水艦を保有またはその計画段階にある。経済的に復興した東南アジア諸国が、軍備競争を展開しはじめたと思われるほどであり、各国とも世界最高水準の戦闘機や潜水艦、大型水上艦を保有しつつある。
(4)最後に中国のエネルギー問題と南・東シナ海問題に触れる。昨年中国が輸入した石油は91,00万tで、これは全石油消費量の36%にあたる。また中国も中東依存度が高く、タンカー航路も日本と同じである。ただし、航路上には、外交問題を抱えるインドのインド洋や、中国自身、ベトナム、フィリピン、マレーシア、台湾等6カ国が領有権を主張している南シナ海の南沙諸島などがある。日本はこのタンカー航路の中に、敵対的な国家はほとんど見当たらない。南シナ海はガス・石油を埋蔵している浅海であり、中国に有利な形で領有権問題が解決すれば、直ぐにでも開発が可能である。1992年に中国は領海法を制定し、南シナ海の約8割が自国の領海だと主張している。また、フィリピンと領有権を争っているミスティーフ環礁に、大型の公共的施設を建設し、南シナ海の領有化と石油資源の実効的支配に向けた体制を整えつつある。
その背景となっているのが、中国の海軍力と洋上航空能力の増大である。特に80年代には、空母か潜水艦か戦略が分かれていたが、その後潜水艦重視の戦略に切換え、現在では南シナ海の資源確保を可能とするに足る、潜水艦の開発建造体制を整えたといえよう。日本のタンカー航路を鑑みても、こうした事態は日本にとって憂慮すべき事態である。戦略として、中国が南シナ海の領有化を実現するか否か分からないが、現在の中東石油依存率50%を30-40%に低下させるための、国家エネルギー戦略なるものを持っている。しかし日本は、中東に90%以上依存しながら、それを是正しようとする動きが見られない。
十市氏
日本のエネルギー国家戦略について考察するためのポイントと思われる点をいくつか述べる。第一点は、日本はある程度アメリカのglobal powerに依存せねばならないということである。第二点は、日本はアメリカへの依存が大きいものの、やはりアジアにおいていかに生き残るかということを考えねばならないということである。このバランスが大切かと思う。第三点は、国家政策としての国民への説得力をいかにつけるかという問題である。石油資源開発と原子力政策は国民への説明が不十分でうまくいかず停滞したという点では共通していると思われる。石油開発に関しては、石油公団の解体等、国と企業の役割と責任分担が不明確であった点が問題である。原子力も国家と企業の責任の仕分けをきちんとしなければならない。
秋山氏
シーレーン関連から原子力エネルギーと安全保障を考えると、日本においては少し違った捉え方がある。国民感情や政治配慮の相違を感じる。核燃料や原子力発電所の防衛(防護)においては、究極的な状況では警察では守りきれない。10年ほど前ヨーロッパからプルトニウムを輸送する際、海上保安庁により専用の警備船が作られたが、海上自衛隊を利用する選択肢を持つべきである。もっと積極的に自衛隊を利用しろと言っているのではなく、アプリオリにそれを排除するのはおかしいのではと指摘したいのである。
十市氏
そのような新体制は即時には難しいが、経済産業省においてエネルギーに関しての国家戦略を検討する場を設けるという提案があった。その意味では以前よりは確実に前進していると受け止めている。
金子氏(司会)
この辺で原子力問題についても日本のエネルギー政策、あるいはエネルギー国家戦略という観点から論じてもらいたい。原子力に対する批判的な意見でも結構である。
金子氏(司会)
核燃料の問題については主にバックエンド(再処理、FBR、MOX燃料など)に関心が向いているが、フロントエンド(天然ウラン、濃縮、燃料加工など)も問題とすべきだ。その意味で、江畑氏の意見は非常に重要な指摘と思う。この点についてはパネリストには適当な人はいないので、会場からの意見を伺いたい。
小野章昌氏(元三菱物産)=会場からの発言
長年ウラン資源問題を研究してきた者としてコメントしたい。IAEAのデータによるとウランは鉱石資源としては85年、総資源量としては270年とされている。これはあくまでもデータとしてである。量に関しては企業としては経済的観点から短期的な見方しかしない。ロシア等からの莫大な二次供給源があるため新たなものを探求しないのが実態である。その結果ウランは従来比較的安く出回ってきた。ロシアの核解体によるウラン供給は一応米ロ協定で2013年までとなっており、その延長の可能性が低くなってきた。その影響で今は1ポンド19ドル(昨年比で約2倍)となっているが、これでもまだ新たなウラン資源の探鉱は始まらない。1ポンド30-40ドルあたりになると活発になるだろう。しかし、天然ウランの価格が少々上昇しても、発電コストに与える影響は極めて小さい。探鉱活動が活発化すると「埋蔵量」は増えていくはずである。
江畑氏
常に日本は海外よりウランを手に入れることが出来るのだろうか。こういう意味での「安い」を指したのだが。つまり、「安い」形で手に入れられる視野はいつまで続くのだろうかという懸念である。これが大切かと思う。国民への説明は如何ほどなされているのか。
小野氏
ウラン鉱山は石油供給地とは全く異なる地域に存在する。日本の場合、もっぱらカナダ、オーストラリア等から購入している。したがって地政学的な意味での制約は極めて少ない。
金子氏(司会)
小野氏の指摘通り、供給源が石油とウランとでは異なる。この点は確かに重要な点と捉えるべきだろう。他方、資源が地球上のどこかの国に豊富にあるということと、その資源が日本に適時に、適量、適正な価格で入ってくるかどうかということは別問題である。その意味で江畑氏の指摘は重要である。
十市氏
日本のエネルギー国家戦略について考察するためのポイントと思われる点をいくつか述べる。第一点は、日本はある程度アメリカのglobal powerに依存せねばならないということである。第二点は、日本はアメリカへの依存が大きいものの、やはりアジアにおいていかに生き残るかということを考えねばならないということである。このバランスが大切かと思う。第三点は、国家政策としての国民への説得力をいかにつけるかという問題である。石油資源開発と原子力政策は国民への説明が不十分でうまくいかず停滞したという点では共通していると思われる。石油開発に関しては、石油公団の解体等、国と企業の役割と責任分担が不明確であった点が問題である。原子力も国家と企業の責任の仕分けをきちんとしなければならない。
金子氏(司会)
原子力を含めてエネルギー政策には一般市民の理解と支持が必要で、そのためには専門家はもっと説明の仕方を工夫すべきであるという指摘はまさにその通りである。
秋山氏
シーレーン関連から原子力エネルギーと安全保障を考えると、日本においては少し違った捉え方がある。国民感情や政治配慮の相違を感じる。核燃料や原子力発電所の防衛(防護)においては、究極的な状況では警察では守りきれない。10年ほど前ヨーロッパからプルトニウムを輸送する際、海上保安庁により専用の警備船が作られたが、海上自衛隊を利用する選択肢を持つべきである。もっと積極的に自衛隊を利用しろと言っているのではなく、アプリオリにそれを排除するのはおかしいのではと指摘したいのである。
金子氏(司会)
会場からは池亀亮、小川博巳、天野牧男氏等から、「エネルギー政策をしっかりと確立するためには縦割りの体制では限界との話しが講師陣から出た。『エネルギー戦略会議』といったような新体制への見通しはあるのだろうか」との質問が来ているので、その点についての意見を伺いたい。
十市氏
そのような新体制は即時には難しいが、経済産業省においてエネルギーに関しての国家戦略を検討する場を設けるという提案があった。その意味では以前よりは確実に前進していると受け止めている。
秋山氏
故大平正芳首相はその昔、「総合安全保障」なるものを提唱したにも関わらず、その構想は全く前進をみなかった。安全保障とは実に多くのものに通ずる。現在は、安全保障に通ずるものを内閣府に集めた。今後の課題として、総合エネルギー政策を担当する大臣を指名し、大臣以下の組織を形成するべきではないか。だがここで肝心なのは、その内閣府の組織において政策の企画と調整の充実を図らねばならないという点である。調整だけではだめだ。さらに役人が以前の職場にいずれは戻るという考えを完全に排除する必要がある。この二点を考慮して組織作りに励むとうまく機能していくのではないかと思う。
谷 弘氏(元IAEA職員)=会場からの発言
第一に、エネルギー問題を国際政治の中でどのように議論するかという問題がある。第二に、原子力については、平和利用と軍事利用の境目がはっきりしないという点が大きな問題である。軍事技術利用については、核兵器技術は五カ国のみに握られているからという状況であり、IAEAの査察も実はそのような中で行われている。軍事技術が分からない中でいかに査察を行うかという問題がある以上、ろう。情報公開による差別化が必要であると思われるが、どこの国に濃縮と再処理を認めるか等、どのような基準で「良い国」「悪い国」を区別するのか、またできるのか、パネリストのどなたかに意見を伺いたい。
金子氏(司会)
アメリカはあくまでもグローバル・パワーであって、自国および同盟国の安全保障という観点から世界の安全保障を考えるという面がある。その観点からNPT(核不拡散条約)が重要とされるわけだが、今日の国際政治状況から見て、果たしてNPTに加盟しているか否かだけでは判断できないのではないだろうか。その他さまざまなファクターが絡むと考える。今回は時間がないので、いずれまたこのようなシンポジウムを設けて突っ込んだ議論をしてみたいと思う。
<まとめと閉会の辞>
金子氏
本日は、「エネルギー国家戦略と原子力:日本の選択」というテーマで、主として国際政治的な観点から色々議論をしていただいたわけだが、多くのパネリストが指摘されたように、中東が不安定であるとか、石油価格が高騰するとか、あるいはマラッカ海峡などの問題があると言っても、だから原子力が必要不可欠、という結論になるとは限らない。原子力以外にもやるべきことが色々あるからだ。また一般市民への説明の仕方として、政府や原子力業界がいくら原子力は必要だから、あるいは国策だからやるのだ、と言っても、それだけでは十分な納得が得られるものではない。
30年前のオイルショックの際には、日本は必死になって省エネ努力や原子力発電の促進で乗り切ったが、そのときの意気込みは現在の日本には見られない。しかし、日本が資源小国であり、エネルギー脆弱性(バルネラビリティ)が高いという現実は、私たちが日本列島に生息する限り、昔も今も全く変わらない。いつまでも石油に頼っているわけにはいかない。石油代替エネルギーとしての原子力の重要性は誰も否定できないはずだ。
さらに言えば、原子力発電をやる以上は、軽水炉による発電のみではだめで、使用済み核燃料の再処理やリサイクルが必要であり、この問題を避けて通ることは出来ない。こういったことについて、私たちは国民として、エネルギーの受益者として日頃からもっと主体的に、真剣に考えなければならない。その際とくに必要なことは、目の前の、短期的なことだけでなく、国際的、長期的な視点から、多角的・複眼的に考えるようにしなければならない。そして、そのためには、専門家同士だけではなく、一般国民に対しても十分説得力のあるロジックを考え出さなければならない。
今回のシンポジウムがこれらのことを考えるきっかけになったのではないかと思う。まだ議論すべき点は多々あるが、それらは今後の課題として、本日はこれで閉会としたい。長時間のご静聴を感謝する。
以上