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インドとの原子力協力促進を決断せよ

  • 執筆:金子熊夫
  • 掲載日:2011年7月 9日
  • 掲載紙: 外交 (外務省編集、都市出版)

インドとの原子力協力促進を決断せよ
  ~真の核不拡散と日印友好関係のために~

                      金子 熊夫
はじめに
3月11日の東日本大震災による東京電力の福島第一原子力発電所の事故以来、それまで世界の最先端を行くと自負していた日本の原子力 は一転して危急存亡の危機に直面している。4か月経った現在も事故は収束しておらず、福島県を中心に東北地方各地は放射能汚染に晒され続けており、国内の原子力に対する逆風は益々厳しさを増している。もし今菅直人内閣が「脱原発」を争点に衆議院解散、総選挙に打って出れば、結果は全く予断できない。もし日本国民の意思によって、基幹エネルギーである原子力を廃止することになれば、それはそれで致し方ないことではあるが、日本経済と国民生活は計り知れない影響を受け、その結果今後の国際社会における日本の地位は重大なダメージを受ける惧れがある。
 このような危機的状況の中で、日本人の関心が専ら国内問題に集中し、諸外国の状況、とりわけ各国の原子力・エネルギー事情や、日本と外国との原子力協力問題に目を向ける余裕がないのは止むを得ない。
しかし、現実には、福島原発事故以後も、一部のヨーロッパ諸国、とくにチェルノブイリ事故(1986年)をきっかけに元々反原発的傾向が強かったドイツ、スイス、イタリアなどを除いて、はっきり脱原発に踏み切った国は今のところ現れていない。逆に、フランス、アメリカ、ロシア、イギリスなどは原子力発電重視の立場を堅持している。アジアにおいても、中国が、そのあまりにも野心的な原発拡大計画を若干スローダウンする気配があるものの、韓国、台湾、インドなどの既存原発国は前向きの姿勢を崩しておらず、さらに、日本からの原発導入が既に決まっているベトナムを筆頭に、インドネシア、マレーシアなど東南アジア諸国でも原発導入への動きは衰えていない。
 特に本稿の主題であるインドについては、近年の目覚ましい経済発展に伴い増大するエネルギー需要に対応して、原子力発電の拡大路線を着実に進めている点が目立つ。インドは、日本より10年早く、第二次世界大戦終了直後から原子力平和利用の研究開発に着手し、その後1960年代半ば以降商業発電を行っている。しかし、下に述べるような歴史的事情により、核武装を決意し、1974年に最初の核実験を行ったため、世界の原子力市場からシャットアウトされ、孤立した状態で独自の原子力発電活動を続けてきた。
 ところが、インドの国際的地位と経済力の向上に伴い、対印関係改善を必要と考えた米国ブッシュ(息子)政権は、2005年にインドとの原子力協力に踏み切った。9.11事件以後の対テロ戦争遂行上インドの協力を必要としたこと、インドのIT大国化やアウトソーシングの進展により米印経済関係が密接になったこと、台頭する中国に対する牽制等々の政治的、経済的、戦略的要因が米国の対印接近を強めたと考えられる。
もとより核兵器不拡散条約(NPT)非加盟のインドとの原子力協力には一部の国々から根強い抵抗があったが、様々な紆余曲折を経て、2008年9月に原子力供給国グループ(NSG)の全会一致の承認を得て、ついに米印原子力協定の締結に漕ぎ着けた。ブッシュ政権を継いだオバマ政権も基本的に対印原子力協力には極めて前向きである。米印協定が締結されるや、堰を切ったようにフランス、ロシア、カナダ、韓国、中国などいくつかの国がこれに続き、いまやインドへの原子力プラント輸出競争で鎬を削っている。

日印の「核」に関する態度の違い
そうした状況の中で、否でも注目されるのが日本の対応である。国内の根強い反核感情と核廃絶ムードに配慮した日本政府は、2008年9月のNSG決定以後も、対印原子力協力には慎重な姿勢を保ってきたが、諸般の情勢により、昨年(2010年)6月、岡田克也外務大臣(当時)が日印原子協力協定交渉の開始を決断し、同年中に両国の首都で3回交渉を行った。日本政府の交渉開始決定の背景としては、インド側の強い要請や日本原子力企業側のニーズのほかに、日本メーカーの技術力に依存する一部米欧諸国からの要請(圧力)があったとみられるが、それ以上に、日印関係強化により日本の対アジア外交(とくに対中外交)の幅を広げておきたいという政治的意図があったと思われる。
 ところが、順調に進捗しているかに見えた日印交渉は、同年8月末訪印した岡田外務大臣が記者会見で「もしインドが核実験を再開した場合は、日本の対印協力はストップせざるを得ない」と発言し、この趣旨を協定上に盛り込みたいと述べたことから、インド側が態度を硬化し、俄かに交渉が難航しはじめた。その後本年3月の大震災以後は事実上交渉は中断したままとなっており、交渉再開の目途は立っていない模様である。
 交渉が難航している最大の理由は、核兵器に関する両国の基本的態度の違いである。唯一の被爆国として日本人が核兵器を憎み、核廃絶を願い、自らも「非核三原則」で核放棄を宣言し、核兵器不拡散条約(NPT)に率先して加盟しているのに対し、インドは、NPTに当初から加盟せず、独自の核武装を進め、2度の核実験(1974年と1998年)を行なったことから分かるように、両国の違いは誰の目にも明瞭である。日本政府が毎年恒例のように国連総会に提出している決議「 核兵器の全面的廃絶への道程」にも、インドは、米国、北朝鮮とともに一貫して反対している。
しからばインドは核兵器を信奉する好戦的な国、非平和愛好国であるかというと、さにあらず。国連で最も古くから核廃絶を唱えてきたのは実は、ガンジーの非暴力・平和主義を国是とするインドであって、1950年代ネルー首相は国連総会でしばしば熱烈な核廃絶演説を行なっている。そのインドがある時点から自ら核武装の道を選択したのは、1960年代初めの中国との戦争で2度も惨敗を喫したこと、その中国が1964年に核実験を行ったこと、しかもその中国がNPT(1970年発効)では、米ソ英仏と並んで「核兵器国」としての特権的地位を与えられ、どんなに核兵器を製造してもお咎め無しという、極めて差別的かつ不公平な国際レジームが出来上がってしまったからである。
ゆえに、インドは独自の核武装により自国の安全保障を確保するため、NPTには一貫して背を向けており、今後もこの不公平性が是正されない限り同条約に加盟することは永久にありえないだろう。日本のマスコミはインドをNPT「未加盟国」と呼んでいるが、「非加盟国」と言うべきである。他の欧米諸国ならともかく、同じアジアの国で、歴史や文明の古さと偉大さにおいて中国に引けをとらない大国と自負するインドにとって、中国だけが優遇されるNPT体制ほど腹立たしいものはないというのが本音であろう。
もし同じような状況に置かれていたならば、日本でさえ、NPT非加盟の道を選んだのではないかと思われる。実際には、被爆国・日本は自ら非核化を宣言し、その代わり日米安保体制の下、米国の拡大抑止力、すなわち「核の傘」によって自らの安全保障を確保する道を選んだ上で、辛うじてNPT加盟に踏み切ったのであるが、それは決して簡単な決断ではなく、苦渋に満ちた選択の結果であった。筆者は当時外務省でNPTを担当していたので、この辺の経緯はよく記憶している。
こうした「核」に対する日印の基本的立場の違いは極めてはっきりしており、それはそれぞれの国家基本戦略に基づくものであるが、この違いに一般日本人はいささか鈍感すぎるのではないか。日本人が自らの悲惨な原爆体験に基づく非核政策に固執するのは当然であるが、それがインド人にも理解されると考え、彼らに日本と同様な政策をとることを求めるのはいかがなものか。
さらに言えば、日本は自ら核兵器を持たず、NPT体制の優等生を自認しているが、他方で、同盟国・米国の「核の傘」に依存する安全保障政策をとっているのに、どの国の「核の傘」にも依存せず自力で安全保障を確保しようとするインドに対し、日本と同様にNPT加盟と核兵器の放棄を要求するのは全く筋違いではないか。インド人はあからさまにこのことを言わないが、同じアジア人として、しかも明治以来100年間親密な関係を保ってきた友邦国として、もっと理解ある態度をとるべきではないか。NPTは所詮国際政治の産物の1つであり、これに加盟しているかいないかを判断基準とするのは、あまりにもナイーヴ、あまりにも硬直的、原理主義的と言わざるを得ない。日印原子力協力を考えるとき、この点こそが最も大事な点である。このように考えれば、岡田元外相の主張の不当性は明白であり、速やかに取り下げるべきである。

インドの原子力開発:国際的孤立を乗り越えて
以上みてきたように、インドは、NPT非加盟であるがゆえに、また、2度にわたって核実験を行ったために、長年国際的制裁措置の対象となり、ごく最近まで外国から原子炉や核燃料を輸入できなかった。
そのため、インドは制裁措置を科される前の1960年代にカナダから輸入した小型の研究炉(重水は米国製)をベースに独自に開発した加圧式重水炉(PHWR)で原子力発電を行なってきた。このタイプの炉は、日本など大多数の国で現に稼働している軽水炉(LWR)と異なり、天然ウランをそのまま(濃縮せずに)燃やせるという利点はあるものの、いかんせん電気出力が小さく、1基平均20万キロワット程度。日本の最新型軽水炉が130万キロ程度であるのと比較してあまりにも小型である。
現在このタイプの炉を主体に全国で17基が稼働中だが、合計出力(設備容量)は400万キロワット未満。これでは、急増するインドの電力需要を賄うことは到底できない。(ただ、最近稼働し始めた最新鋭のPHWRは50万キロワット、将来的には70万キロワットにスケールアップする予定)
しかも、インドには天然ウランの埋蔵量が比較的少なく、既存の国産炉だけでも不足気味なので、今後は海外からウラン燃料付きで性能の良い大型の原子炉(軽水炉)を購入する必要がある。インドが欧米諸国との原子力協力に積極的なのは、まさにこのためだ。今後は、国産炉(重水炉)の新増設と平行して、大型の軽水炉を米欧諸国から輸入する計画であり、すでに具体的な商談が進んでいる(ロシア製の炉はすでに建設中)。インド政府としては、2020年までに2000万キロワット、2032年までに 6300万キロワットに拡大し、2050年には全電力の25%を原子力で賄う計画である。
ちなみに、現在日本の原子力発電の設備容量は約5000万キロワット、全発電電力量の約30%(ただし3.11事故以前の実績)で、世界第3位。第2位はフランスで約6600万キロワット。つまり、インドは今から20年後に現在のフランスとほぼ同じ規模に達する計画ということになる。
インドの原子力活動について、もう1つ重要なことを指摘しておくと、前述の通り、インドは世界で最も早くから原子力平和利用に着手した国の1つであるが、ネルー首相の援護と、初代インド原子力委員長、ホミ・バーバー博士の優れた指導力の下で確立した独自の原子力開発路線を一貫して踏襲している。それは「3段階計画」と称するもので、先ずウラン燃料サイクル(重水炉、軽水炉)、次にプルトニウム・サイクル(高速増殖炉)、その次にトリウム・サイクル(同)という順序で開発を進めている。インドにはウラン資源は比較的少量だが、トリウム資源が世界で最も豊富に賦存するからである。
現在、チェンナイ(旧マドラス)の南方のカルパッカムにあるインディラ・ガンジー原子力研究センター(IGCAR)では高速増殖炉実験炉(FBTR)が稼働中。さらに、その次の高速増殖炉原型炉(PFBR)も建設中で2010年中には完成する見込み。筆者は3年前にも現場を訪問・視察したが、工事は順調に進んでいる模様で、近くこの炉が見事完成し稼働すれば、インドの原子力はまさに世界の最先端を行くことになる。
それに引きかえ、日本の高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)は1995年のナトリウム漏れ事故の後遺症から立ち直る過程で、目下悪戦苦闘中であることは周知の通り。こうしたことからみて、日本はむしろインドから学ぶものが少なくなく、日印原子力協力が実現すれば双方にとってプラスが期待できると思う。日印原子力協力はインドの核武装を助長するだけで、日本の非核政策に反するという意見が我が国にはあるが、これはあまりにも事実を無視した、イデオロギー的な考えである。

結び:日印原子力協力について国民的な議論を
以上述べたように、大震災で瀕死の状態にある日本の原子力とは対照的に、インドは刮目すべきスピードで原子力平和利用活動を展開しており、仏、露、米国などとの原子力協力関係も着実に進展しつつあるが、その中で、独り日本だけが「蚊屋の外」にとどまったままである現実はいかにも残念と言わねばならない。しかも、それが日本人と日本政府が冷静にかつ十分に検討した結果であるならばともかく、実はそうではないと思われる。
唯一の被爆国として日本人があくまでも核廃絶を願い、自ら非核に徹し、NPT体制を後生大事に固守するのも、確かに1つの道と言えるかもしれないが、それで実際に得られるものは、極論すれば自己満足以上のものではないのではないか。逆に、日本がインドとの原子力協力行なっても、それで直ちにNPT体制が崩壊するというのは全くの誤解であり、日本の平和国家のイメージに傷がつくというのは取るに足らぬ俗論である。むしろ、インドを国際的な核不拡散協力体制(NPT体制を超えるもの)の内に引き入れて、共に核拡散防止と核軍縮・核廃絶実現のために、そしてアジアの平和と安全保障のために努力することこそ、日本のとるべき道であろう。
その意味において、今日印原子力協力に日本人が踏み切れるかどうかは、今後の日印関係、ひいてはアジアにおける日本外交のあり方にも重大な関わりを持つものと言えよう。未曽有の大震災で周章狼狽し、低レベルの政争に明け暮れる政治家諸侯も、全国の一般国民もここのところを良く良く考えてもらいたいものだ。この問題は、少数の原子力専門家だけの議論に任せておくにはあまりにも重要であるからである。

なお、具体的な日印原子力協力の進め方については、紙数の制約ですべて割愛したが、関心のある方は、筆者が別のところで発表した多数の専門的論文を是非お読みいただきたい。(http://www.eeecom.org/を参照)

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かねこ くまお 
外交評論家、エネルギー戦略研究会会長。元キャリア外交官(初代外務省原子力課長)、元東海大学教授。ハーバード大学法科大学院卒。著書は「日本の核・アジアの核」(朝日新聞社、1997年)など。 

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