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日本人の島国意識を憂う

  • 執筆:金子熊夫
  • 掲載日:2004年7月28日
  • 掲載紙: 電気新聞 「時評」

N君へ

 ヨーロッパの夏はいかがですか。当方は、連日殺人的な猛暑の東京でなんとか無事に生存しています。昨年と違って今夏は、東京の電力事情は安泰のようですが、代わって核燃料サイクル政策をめぐる論議が過熱気味です。

ご存知のように、原子力委員会による原子力長期計画策定作業が一か月前に開始しましたが、その矢先に、自民党の河野太郎議員が六ヶ所再処理工場の試運転に待ったをかける文章を朝日新聞に発表。続いて霞ヶ関界隈から「19兆円の請求書」と題する"怪文書"が出て、物議を醸しました。

 さらに、10年も前に某省が行った再処理・直接処分のコスト試算が、一旦国会で「存在しない」と言っていたのに、突如七月初め「見つかった」ということで、国民の不信感を煽っています。これら一連の動きは、役人による「内部犯行」ではないかという穿った観測もあります。

電力自由化の下での核燃料サイクル論議において、経済性(コスト)が大きな比重を占めるのは当然です。そもそも、再処理路線が直接処分(使い捨て)路線より相当割高になるということは昔から分かっていたこと。問題は、どの程度割高になるかであって、この点は十分詰める必要があります。ただ、コスト比較の基礎となるデータを揃えることは容易ではなく、諸外国のデータがそのまま通用しないことは勿論です。「19兆円」が長期的な国民経済や国家財政にどういう意味を持つかも軽々に判断はできません。

しかし、それ以上に小生が憂慮するのは、昨今の核燃料サイクル論議が、専ら国内的次元で行われていることです。最近日本でも「エネルギー安全保障」という言葉がよく使われるようになったけれども、その中身は依然として国内的な視点が主体で、国際的な問題意識は恐ろしいほど希薄です。

 長年ヨーロッパにおられる貴兄は先刻ご存知のように、ヨーロッパの人々はエネルギー問題の国際政治上の重要性を肌で感じており、各国とも自国の特殊事情に即した現実的政策を推進し、国民もそれを支持していますが、日本人は「エネルギー資源小国」を自認するわりに、相変わらず島国的発想で、エネルギー問題の国際的な側面にはとんと無関心のようです。

 例えば、石油やガスは十分あるといっても、それは地球上のどこかにあるということで、日本が必要なときに必要なだけ適正な価格で入手できるという保証はありません。比較的近い将来中国一国だけで中東の石油を全部輸入しても足りなくなるという予測もあり、アジアで早晩激烈なエネルギー争奪戦争が起こる危険性があります。それを回避するための一つの手段として原子力発電は欠かせません。

ウラン燃料についても、現在は供給が安定していますが、将来は不透明です。日本が再処理路線を選択したのはまさに長期的なエネルギー国家戦略によるのであって、目先の経済的な判断だけで安易に既定路線を放棄すべきではないと思います。

もちろん再処理したプルトニウムを軽水炉で燃やす(プルサーマル)だけでは十分なウラン資源の節約にはならないから、高速増殖炉の実用化は不可欠で、「もんじゅ」の早期運転再開が望まれるのもそのためです。フランス、ロシアのほか、中国、インドも必死になってその研究開発を進めています。

日本は、これら諸国と違い軍事利用は一切できないので、平和利用としてのプルトニウム計画は堅持すべきです。むしろ日本こそ合理的な核燃料サイクル確立のための国際協力の先頭に立つべきでしょう。日本国内でそのような議論が盛んになるよう、貴兄もヨーロッパから大いに発信して下さい。 

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