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北朝鮮の核問題と国際核査察制度の限界 核開発問題は一〇年毎に再燃する

  • 執筆:金子熊夫
  • 掲載日:2003年12月 2日
  • 掲載紙:  『世界週報』 

今の時点で北朝鮮の核問題について論ずるのは至難の業である。状況が目まぐるしく変わるし、肝心の北朝鮮の実情が依然として不透明だからだ。しかし、そういう状況だからこそ、我々は一本一本の木ではなく、森全体を離れた距離から見るように努めねばならない。

まず現状を整理してみよう。北朝鮮が喉から手が出るほど欲しがっているのは、米国による「現体制の保証」(昔の日本の言葉でいう「国体の護持」)である。一方、日米韓等が強く求めているのは北による「検証可能で不可逆的な核兵器計画の放棄」である。

卑近な言い方をすれば、銃を持って建物に立て篭もっている誘拐犯に、銃を捨てて出て来いと言っているのに対して、先に命を保証してくれなければ銃を捨てて出て行くわけにはいかぬと抵抗しているようなものだ。問題は、この両者の要求をセットで解決する連立方程式をどのように組立てるかである。

私は、二〇余年前の外務省初代原子力課長時代を含め、朝鮮半島の核問題を日本で最も古くから注意深くフォローしてきた専門家として、このような状況は以前から予測しており、打開のための処方箋もいくつか提示してきた。簡単に要点を述べれば次のとおりである。

先ず第一に、「検証可能で不可逆的な核兵器計画放棄」を北朝鮮に約束させることは、米国がある程度の代償、すなわち「体制の保証」を与えれば、可能だと思う。しかし、北の核放棄約束が単にその場凌ぎで、永続的なものでなければ全く無意味である。問題は実際にどんな方法で永続的な核放棄を担保するかだが、少なくとも現在の国際核査察制度ではほぼ不可能、いや全く不可能である。この点、日本では国際核査察制度の実態が一般に理解されず、「ブラックボックス」になっているため、これを過大評価する嫌いがある。

核拡散問題が深刻化したここ三〇年くらいの世界情勢を見ると、大体一〇年単位で核疑惑が再燃しているのが分かる。例えばイラクの場合、最初の核疑惑が浮上した一九八一年には、イスラエルが隠密裏に戦闘爆撃機を超低空で飛ばして、バグダード近郊のタムーズ原子力研究所の「オシラク炉」(フランス製)を破壊した。それから一〇年後イラクが核開発を再開したとき、今度は米国が湾岸戦争(一九九一年)を仕掛けて、再び壊滅させた。さらに一〇年後、イラク戦争で核兵器を含む大量破壊兵器を除去した(もっとも、現在までその存在も不存在も確認されていないが)。二〇数年かかってやっと止めを刺した形だ。

北朝鮮の場合も大体同じ経過を辿っている。私が北朝鮮の秘密核開発について最初に警鐘を鳴らしたのは一九八二年で、当時はソ連が背後で動いていた形跡がある。それが次第に表面化し、危機的状況に達したのが一九九三年で、北朝鮮は核不拡散条約(NPT)からの脱退を宣言した。あわてた米国は翌九四年にカーター元大統領を特使として派遣し、金日成との直談判の結果、ジュネーヴで米朝枠組み合意が成立した。しかしそれで危機が解決したと思ったのは間違いで、一〇年後の現在、もっと悪化した状態で再燃しているのである。今回仮に北京における六カ国協議で何らかの妥協が成立し、北が核放棄を約束したとしても、それが恒久的な解決に繋がるという保証は全くない。おそらく今後一〇年以内、いやそれよりもっと早く再燃する危険性が十分ある。

 そもそも、核兵器が誕生してから六〇年弱の間に、実際に完成段階にあった核兵器が完全に廃棄されたのは、南アフリカのケース一件だけで(旧ソ連の核兵器を引き継いだウクライナは別)、しかもこれは南アフリカの自発的な意思によるものだ。それほど外部の力で核開発を放棄させることも、国際査察で放棄を検認することも難しい。ここに国際査察の決定的な限界があるのだが、このことは最近分かったことではなく、実は六〇年近く前、マンハッタン計画の中心的科学者オッペンハイマー博士たちが正確に予見していたことだ。

もちろん、今回、先制攻撃によって北朝鮮を爆撃し、外科手術的に金正日政権を抹殺するなら話は別だろうが、そこまでの荒療治をしないとすれば、結局、北が自らの意思で核廃棄を選択するように持ってゆく以外にない。それには、嫌でも何らかの「体制保証」が必要だ。

ところで北朝鮮は、ごく最近まで「体制保証」にしろ、「不可侵約束」にしろ、米朝二国間条約の形に固執していたようだが、北の立場からみても、果たしてそれが最善かどうか。民主党のクリントン政権から共和党のブッシュ政権への移行を見ただけでも明らかなように、米国の外交政策は政権交代によって大きくぶれる場合が多い。一九九四年の枠組み合意に対する米国自身の姿勢の変化が好例だ。むしろ日韓中露を加えた六者による連帯保証という形で条約化した方がより一層確実のはずだ。もちろん、日韓にも当事者として主体的に関与できるという利点がある。枠組み合意に基くKEDOでは、日韓は脇役に過ぎなかった。

さらに、もしこのような六カ国条約ができれば、単に核兵器だけでなく、生物・化学兵器やミサイルも禁止の対象に含めるべきで、それは即ち北東アジア非核化条約、あるいは北東アジア地域安全保障条約と呼ぶべきものになる。もし北が将来この条約に違反して核兵器等を製造、使用すれば、制裁の対象になり、当然武力攻撃を受ける。これこそが集団的安全保障体制だ。日本政府は、拉致問題が未解決のままでは動きにくいが、時期をみてこのような構想を提案し、関係国を誘導すべきだ。

それでは、実際にこの六カ国条約をどう構築するか、現行の日米、韓米安保条約等とどう両立させるか。これらの問題については、私はすでに具体的な条約案(試案)を作って持っているので、次の機会に詳しくご披露しよう。

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