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日本は「油断」していないか?――原子力政策に国際戦略的視点を――

  • 執筆:金子熊夫
  • 掲載日:2002年6月11日
  • 掲載紙: 「世界週報」(時事通信社)

イスラエル・パレスチナ紛争に伴う中東情勢の緊迫化により、このところ原油価格の高騰が続いている。その結果、ガソリンの値段が今年に入ってからすでに40%も上昇している米国をはじめ、世界各地で、先行きへの懸念から、エネルギー安全保障問題への関心が徐々に高まっている。 とりわけ、原油の対中東依存度が他の先進国に比べて際立って高い日本にとっては、まさに「油断」のならない状況であるが、そうした状況を背景として、かつて第一次石油ショックの際脱石油のエースとして重要な役割を果たした原子力の有用性を、この機会に再認識すべきではないかという意見も出始めている。

他方、日本政府による京都議定書の批准手続きが進む中で、地球温暖化対策としても原子力発電は必要不可欠であるとの見方が根強い。3月に政府が発表した地球温暖化対策推進大綱でも、「2010年までに原子力発電量を2000年と比較して約3割増加することを目的」とし、このためには9~12基の原子力発電所の新増設が必要としている。

しかし、政府や電力会社の意気込みにもかかわらず、現実には、原子力は相変わらず厳しい逆風に晒されており、政府が以前掲げていた20基新増設計画を下方修正した上記の数字ですら、実現は決して容易ではないと見られている。日本の原子力にとって最大の課題が、安全性問題と立地問題にあることは言うまでもなく、近年相次いだ事故や不祥事で大きく揺らいだ原子力に対する一般国民の信頼をいかに取り戻すかは、まさに大問題である。政府も、原子力推進は「安全確保を大前提として」と繰り返し強調しているが、全く当然のことで、もし3年前の東海村JCO臨界事故のような人為的ミスによる異常事態が再発すれば、日本の原子力は2度と立ち直れないほどの大打撃を受けるであろう。 このことをすべての原子力関係者はしっかり肝に銘じておかなければならない。

日本の原子力に関しては、以上の他にも、青森県六ヶ所村に建設中の大型再処理工場の運転、懸案の「プルサーマル」計画の実施、MOX(混合酸化物)燃料加工工場の建設、使用済み核燃料の中間貯蔵、高速増殖炉「もんじゅ」の運転再開等々、核燃料サイクル絡みの技術的課題が山積している。さらに昨今は、電力市場自由化の潮流の中で、原子力が果たしてどこまで競争力を持ち得るか、あるいは「環境税」や「炭素税」をどうするか、という経済的、財政的な問題も加わっている。確かにこれらはいずれも重要な論点で、電力会社等の企業経営者にとって極めて深刻な問題であることは間違いない。

しかし、以上に述べたような問題は、所詮、いずれも日本国内レベル、つまり波打ち際のこちら側の話であって、そうした国内レベルの視点だけで議論していて果たして大丈夫だろうかという疑問がある。 一般に石油、ガス、原子力などのエネルギー資源問題は、本質的に国際政治性が強く、そうした国際的、戦略的な側面を抜きにした政策論は非常に危険であると思う。このことは、30年近く前の第1次石油ショックのとき、我々日本人は嫌と言うほど痛感したはずだが、「喉元過ぎれば・・・」の譬えのように、最近ではすっかり忘れ去られたように見える。

どうも近年日本人はーー霞ヶ関の役人や永田町の政治家達を含めーー益々内向きの視点で物事を判断したり、政策を論議するようになったきらいがあるが、ことエネルギー問題に関しては、もっと視野を国際的、地球的レベルに広げ、波打ち際の向こう側の状況を、出来る限り客観的、戦略的に見てみる必要があるのではないだろうか。 長年原子力やエネルギー、環境問題を国際政治学や安全保障論の立場から勉強している者として、その点が最近どうも気になっている。そこで、この機会に、そのような視点でとくに留意すべきであると思われる問題点をいくつか指摘しておきたい。

1.国際的な危機に対する「保険」としての原子力の役割

昨年9月11日の米国テロ事件直後懸念されたエネルギー危機は、幸い未然に終わったものの、現在、日本の輸入石油の対中東依存度は、30年前の第一次石油危機前の水準(90%)に逆戻りしており、とても「油断」できる状態ではない(若い読者の参考までに、「油断!」は作家の堺屋太一氏が1975年に出版したベストセラー小説の題名)。因みに、米国の中東依存度は約25%だが、ホルムズ海峡を経由しての輸入は10%以下。 日本の中東石油は殆んどすべてホルムズ海峡経由である。

確かに30年前とは異なり、現在は石油依存度(1次エネルギーに占める割合)そのものは、省エネ政策と技術革新により、かつての78%から52%まで低下している。また国内石油備蓄は全国で約160日分あり、国際的な緊急融通制度も整備されているので、石油供給が一時的に断絶しても直ちに困ることはないが、もし供給断絶が長期化すれば、日本も無傷ではありえない。 昨年来の米国の対テロ戦争や泥沼化したイスラエル・パレスチナ紛争は言うに及ばず、中東問題専門家の間には、サウジアラビアなど一部産油国内の政治体制崩壊を予測する者さえあり、何が起こっても不思議ではない状況である。

 しかも、危機の火種は、中東・ペルシャ湾岸地域に止まらない。インド・パキスタン対立が続くインド洋、海賊行為が頻発するマラッカ海峡、領有権紛争が激化する南シナ海(とくに南沙諸島周辺)等々、日本向けタンカー経路の至る所に危険が潜在している。こうした海上輸送面の脆弱性に対し日本人はあまりにも無警戒だが、原子力は、これまでと同様今後も、そのような緊急事態に対する1つの「保険」ないし「ヘッジ」として引き続き重要な役割を担っているという点を看過すべきではないだろう。

2.アジアのエネルギー安全保障への配慮

中長期的にみたアジアのエネルギー安全保障への不安が近年とみに高まっている。 とりわけ、巨大な人口を擁し驚異的な速度で工業化する中国が、従来の石炭から石油への転換を急ピッチで進めており、国内の石油だけでは足りず、大量の石油を輸入し始めている。このまま行けば、20年以内に中国の石油需要は、現在の中東の全石油輸出量を上回るという予測さえある。 さらに長年産油国であったインドネシアまでがいまや原油輸入国化しつつある。その結果、今後中東石油や南シナ海の海底石油・ガスを巡るエネルギー争奪戦の激化は不可避とみられている。

こうした状況を見越して、アジア各国は、石油代替エネルギー(太陽光、風力、バイオマスなどの自然エネルギーを含む)の開発を急いでいるが、急には効果が上がらない。結局各国の石油依存度は今後確実に上昇するだろう。そのような状況下で、日韓等の石油消費大国が引き続き大量の石油を輸入しつづければ、それだけアジアのエネルギー市場は逼迫する。逆に、日韓等のような技術先進国が原子力発電を一定レベルで継続することにより石油消費を少しでも減らすことができれば、それだけアジア全体のエネルギー安全保障に資するだろう。そう考えると、原子力発電を出来る限り維持、継続することは、日韓等に課せられた国際的な責任というべきではないか。

3.国際交渉上のカード(武器)としての原子力の価値

他方、日本自身の石油依存度は上記1のように大幅に低下しているものの、実際の石油消費量=輸入量は絶対的にはそれほど減っておらず(過去15年間ほどは日量450~470万バレルでほぼ横ばい状態)、将来も日本は大量に石油を海外から輸入し続けなければならぬことに変わりない。

しかるに、現実の国際石油市場においては産油国、石油輸出国機構や石油メジャー(国際石油資本)が依然として圧倒的な支配力を持っている。 そのような状況の中で、エネルギー資源小国・消費大国日本は、彼らとの価格交渉で不利を蒙ったり、不当な扱いを受けないためには、あらゆる対抗手段(外交、ODAなど)を駆使しなければならない。つまり、彼らに足元を見透かされて、不当な高値で石油やガスを買わされたり、あるいは不当な供給制限の対象とされることのないようにしなければならないが、それは決して容易なことではない。その場合、原子力は日本にとって、ほとんど唯一と言ってもいい、有力なカード(武器)であるという現実がある。このことは、極めて重要な点であると思われるが、実際に国際市場で実務を経験した人々を除いて、一般の日本人にはこういった戦略的な発想が全くと言っていいほど欠落しているのではないか。ここにも日本が原子力を必要とするもう1つの理由がある。 

4.非核国日本にとっての原子力平和利用技術の重要性

 翻って原子力を巡る世界の状況を見ると、電力の80%近くを原子力に頼る原発超大国フランスや、ブッシュ政権下で原子力再活性化路線を打ち出した米国を除き、軒並み脱原発一色と報道されがちな欧州諸国でも、実際には原子力の重要性は決して無視されておらず、必要な研究活動は着実に続けられている。

しかも、米、英、仏、露、中の5大核兵器国(核不拡散条約=NPTで核兵器の所有を公認されている国)の場合は、仮に商業用の原子力発電を全く止めても、再処理、プルトニウム等の研究開発は軍事部門で継続できるが、原子力の軍事利用を条約上禁止され、自らも非核政策を厳守している日本の場合はそういうわけに行かない。むしろ、ヒロシマ、ナガサキを経験した非核国であり、率先して厳しい国際査察を受け入れている国だからこそ、日本は、独自の原子力平和利用技術を確立する権利と義務があるとも言える。いずれ将来、高速増殖炉が実用化される時期が来たときに立ち遅れないためにも、日本は、核燃料サイクル計画を含め原子力平和利用活動を一定規模で維持、継続する必要がある。

ところが、現実に日本では、近年全国の大学から「原子力工学科」が消え、研究者の質量的な低下が密かに懸念されているが、このことを知っている政治家や国民は極めて少ない。国内に拡大するNIMBY現象を克服するためにも、少数の専門家向けの教育だけでなく、一般国民、とりわけ若い世代の国民に対する適切な原子力・エネルギー教育が一層重視される所以である。

5.小型炉開発と対アジア原子力協力

近時内外で必要性が叫ばれている革新的な小型安全炉(いわゆる第4世代原子炉)について言えば、それは単に国内の立地対策上だけでなく、今後原発導入を計画している一部の開発途上国(例えばベトナム)にとってもプラスとなる可能性がある。日本国内では、これまでもっぱらスケールメリットを追求した結果軽水炉の大型化が進められてきたが、今後は、上記の観点からも、できるだけ小型で、安価で、安全(accident-proof)な原子炉の開発努力を一層促進すべきであり、それをアジア諸国との原子力技術協力政策の一環として位置付けることが望ましい。

以上を要するに、日本のエネルギー・原子力政策を論ずる際、私達は、国内レベルの安全性、経済性、環境性(グリーン性)等の観点だけで考えがちだが、日本を取り巻く地政学的状況、国際政治情勢、アジアのエネルギー安全保障等をも十分視野に入れて、総合的、複眼的な判断を下す必要があると思う。 そして、もし原子力が日本のエネルギー安全保障上必要であるとするならば、極端に言えば、たとえ安全性や経済性に多少の難があっても、感覚的に抵抗(アレルギー)があっても、敢えてこれを選択する見識と覚悟が必要であろう。 民族生存に不可欠なエネルギー資源が、実は、日本の「アキレス腱」であるという厳しい現実は、「石油の一滴は血の一滴」と言われた60年前も現在も基本的には変わっていないからである。

因みに、以上のような問題意識に基づく、ハイレベルの緊急国際会議「エネルギー安全保障と環境保全:原子力の役割」が、来る7月8日(月)、東京大手町の経団連会館ホールで、筆者が関係する(財)日本国際フォーラム主催により開催される予定で、その成果が内外の識者の間で期待されている。

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(注)本稿は、時事通信社発行「世界週報」の2002年6月11日号に掲載されたもの。同号では、特集「問われるエネルギー戦略」として、拙稿のほか、時事通信社外信部城山英巳「日本と中国が中東石油を争奪する日」も掲載している。 

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